バイオの基礎シリーズ4  〜 バイオコンピューター 〜


写真はhttp://www.flickr.com/photos/dullhunk/2225574423/より。CC by dullhunk


今回は、コンピューターのように生物を操作してやろうといったことに取り組んでいる研究を紹介します。


人工の生物をつくろうということに取り組む合成生物学については、サイエンスブロガーの黒影さんがすばらしいエントリーを書いてらっしゃいます。


以下に一部抜粋

生命科学はmolecular biologyからGenome、Proteome、そしてSystems Biologyと進歩して来て、生命現象の理解や生命のパーツへの還元(分解)が進みました。
こうなると次は生命を再構築して本当に現在の理解が正しいか確かめてみよう、さらにそれを利用してDesigned Creatureを作ってみようとなるのは当然の流れで、その最先端の分野が合成生物学"Synthetic biology"です。
http://blackshadow.seesaa.net/article/46400608.html


ここでは、一から新しい生物をつくった例ではなく、既存の生物に少し手を加えた例をいくつか紹介します。


幅広い分野の中で一部の研究例をピックアップしているので偏った内容になってしまいますが、ご了承ください。


0. コンピューターと生物のしくみについて


コンピューターのように、と書いたので前置きとして、コンピューターと生物を対比してみます。


コンピューターってのが何かは専門外でよくわからないんですが、大まかに書くと

  1. プログラミング言語などで表した命令をわたす(入力)
  2. コンパイラというのがプログラミング言語を機械のことばになおして(翻訳)
  3. プロセッサーというのが命令されたことを実行する(出力)

といった流れで動くもの、なのかな〜と理解してます。違ったら教えて下さい..。


では生物にそれを置き換えるとどうなるか。

前に書いたシリーズ1では、

DNA > RNA > タンパク質

というセントラルドグマの流れを説明しました。


環境条件の変化とか、何らかの『入力』があると、いくつかのDNA>RNAという反応がONになってRNAがつくられ、
出てきたRNAの情報を読み取って様々なタンパク質ができる (このあたりの流れを生物のことばに翻訳、と考えるのはちょっと強引かな)。
それらの反応が進んだ結果として生物の行動とか生理状態の変化が『出力』されるという流れですね。
PCは生物の個体自体かな。


これらの流れの中で、DNA > RNA > タンパク質 のあたりは分子生物学の手法により改変することが可能なので、そのあたりをうまく制御して、生物を操ってやろうというのが主な目標です。


概念をくどくど書いてもピンとこないので、具体例を見ながら考えていきましょう。

1.生物を人工的に制御した例


現在、最も良く研究されているのは大腸菌 (学名:Escherichia coli)という最近なので、それに関する例が中心になります。
タンパク質の放出には、それに対応したDNAが活性化される必要がありますが、その活性化は『プロモーター』と呼ばれる領域によって制御されています。


それぞれのタンパク質に対応したDNA領域にはプロモーターが存在し、それのON/OFFはまた別のタンパク質が制御しています。
ちょっとややこしいんですが、タンパク質Aがタンパク質Bのプロモーターにくっつくと「Bをつくれ」という命令がONになってBがつくられるような仕組みがあるわけです。

この場合は
Aがある > プロモーターが活性化 > Bができる
という流れになりますが、

これを少しいじって、タンパク質CがくっつくとONになるプロモーターの制御下にBをおくと、AではなくCがあることでBができるように変化させたりできます。

そのようなプロモーターのON/OFFに関わる部分をいじってみた例を見てみましょう。

周期的に光る大腸菌


文献:Stricker, J., Cookson, S., Bennett, M.R., Mather, W.H., Tsimring, L.S., and Hasty, J. (2008). A fast, robust and tunable synthetic gene oscillator. Nature 456, 516-519.


この例では、『AraCというタンパク質によってONになるが、LacIというタンパク質によってOFFになる』という性質を持ったプロモーターを使っています。

まず、筆者らはONの因子であるAraC、OFFの因子であるLacI、そして光るタンパク質であるGFPを全てこのプロモーターの制御下においた回路を設計しました。
つまり、AraC, LacI, GFPという3つのタンパク質は全て
『AraCというタンパク質によってONになるが、LacIというタンパク質によってOFFになる』
という状態におかれます。


その回路を大腸菌に導入したところ、大腸菌は「だんだん強く光ったと思ったら徐々に弱くなり、消えたと思ったらまた光り始めて・・」という周期的な光り方をするようになりましたという内容。

なんでそんなことになるかというと、
AraCができる > AraCをつくる、LacIをつくる、GFPをつくる という反応が全てONになる
LacIができる > AraCをつくる、LacIをつくる、GFPをつくる という反応が全てOFFになる
という2種類の制御が拮抗的に働くことになるからです。

AraCがたくさんできる方向に傾くと、プロモーターがONになってGFPもたくさんできてよく光るわけですが、同時にLacIもたくさんできてしまい、やがて抑制に傾く。
でも抑制に傾くと結局LacIをつくる反応も抑制されて、AraCができて・・・という感じで波ができるようです。

ちなみに論文に添付されたムービー*1を見ると大腸菌が周期的に光るのは良いのですが、どんどん増殖していてちょっとグロテスクです。


一般的な実験で大腸菌を光らせる時は、以下のように一様に光った感じになりますが、周期的に変化した方が面白いですね。

Pietschmann, S., Hoffmann, K., Voget, M., and Pison, U. (2008). Synergistic effects of Miconazole and Polymyxin B on microbial pathogens. Vet Res Commun.より


植物を有害物質のセンサーとして使う


文献:Antunes, M.S., Ha, S.B., Tewari-Singh, N., Morey, K.J., Trofka, A.M., Kugrens, P., Deyholos, M., and Medford, J.I. (2006). A synthetic de-greening gene circuit provides a reporting system that is remotely detectable and has a re-set capacity. Plant Biotechnol J 4, 605-622.


植物研究してる身としては植物の例も出したいので登場させておきます。

植物は大腸菌に比べると仕組みが複雑なので制御しづらく、この研究分野で植物を使った例はまだ少ないようです。*2


しかし、仕組みが複雑ということは、詰め込める情報量が大きいということにもつながりますし、植物は動かずに様々な環境の変化に対応した生き物だからセンサーとしての性質にはもともと優れていると考えられます。


紹介した論文では、標的となる物質に反応して植物の色が変化する(緑色の部分が白くなる)ようにしています。


イメージ的にはこんな感じ(地味に自作)



原理としては、緑色の元になるクロロフィルという色素の量を調節することで色の変化を実現しています。
クロロフィルは光合成、つまり栄養分の合成に必要な色素なので植物の生存に必須の物質で、通常は合成と分解を繰り返しながら一定量に保たれています。

この論文では、標的物質であるステロイドで処理すると

  • クロロフィルの合成に関わるPOR,GUN4といった遺伝子を抑制する反応 (つくる量を減らす)
  • クロロロフィルを分解する反応に関わるCHLASE, PAO, RCCR を増加させる反応 (分解して減らす)

という2通りの反応が急速に進んでクロロロフィルが分解され、白くなるようです。


これらの反応を進める因子は全て同じプロモーターによって制御されており、ステロイドが受容体にくっつくとそのプロモーターを活性化する因子がどっと放出されて急速に反応が進みます。


このセンサーの素晴らしい点は、裸眼でも確認できるし遠方からモニタリングすることも可能なこと。*3


しかも、サイトカイニンという植物ホルモンを処理することで白くなった植物を元に戻すこともでき、再利用可能らしい。ラボレベルの成果とはいえ、すごい。*4


植物は、大腸菌に比べると回路を組むパーツとなるような要素が整備されていませんが、今後こういった事例が増えて実用に足る製品ができることを期待しています。
アグリバイオをもっと楽しく(^^)/


大腸菌をフィルムとして利用し、像を描かせる


文献:Levskaya, A., Chevalier, A.A., Tabor, J.J., Simpson, Z.B., Lavery, L.A., Levy, M., Davidson, E.A., Scouras, A., Ellington, A.D., Marcotte, E.M., et al. (2005). Synthetic biology: engineering Escherichia coli to see light. Nature 438, 441-442.

Tabor, J.J., Salis, H.M., Simpson, Z.B., Chevalier, A.A., Levskaya, A., Marcotte, E.M., Voigt, C.A., and Ellington, A.D. (2009). A Synthetic Genetic Edge Detection Program. Cell 137, 1272-1281.


大腸菌カメラみたいなイメージ。
視覚的には非常に分かりやすいので先日のゼミで2009年の論文を紹介しました。*5


2005年の論文では、光が当たる部分は白く、影の部分は黒くなるように大腸菌に命令する回路を組んでいます。


こんなイメージ


そのままな感じですが、この論文は光センサーが凝っています。
大腸菌にはもともと光を感知する優秀なセンサーは備わっていないので、ラン藻がもつCph1という光センサーと、大腸菌が浸透圧センサーとしてもっているEnvZというタンパク質を組み合わせることで、Cph8という大腸菌用のセンサーをつくることに成功しています。


Cph1由来の部分が光を受け取ると、EnvZに由来する部分が活性化して、それに続いて特定のプロモーターが抑制されます。
そのプロモーターの制御下にLacZという酵素を組み込むことで、LacZが出てきた部分が暗くなります。

光があると抑制されるので、影の部分が黒くなるというしくみになっています。


2009年の論文では、もう一歩進んで
『光と影の境界だけを黒くする』
ということに成功しています。


こんなイメージ



これはやや複雑な仕組みを使っています。


新しく回路に取り入れたのはAHLという細胞間コミュニケーション物質。
大腸菌もああ見えて仲間内でコミュニケーションを取るようで、別の大腸菌から出てくるAHLをたくさん受け取ると、「なんかお仲間がたくさんいるらしい」ということを感知して、分裂するのをやめるようです。
ぎゅうぎゅうになると栄養分がなくなって全滅したりしかねないので、事前に防ぐための賢い仕組みといった感じです。


この論文では、AHLがあると、LacIのプロモーターが活性化されて、黒が出るように回路を組んでいます。

先ほど暗いところで活性化されたプロモーターの下流に

  • AHLを出す (LacIをつくらせる。ONにする)
  • LacIを抑制するタンパク質をつくる(OFFにする)

という2つの命令を組み込んでいます。


つまり、暗いところではAHLは出るのですが、LacIをつくる部分を抑制する物質も出てしまうので、黒い色を強く出すことはできなくなります。


しかし、AHLは最初に述べたようにコミュニケーションを行う物質であり、『他の大腸菌に作用できる』という性質があります。AHLさえ受け取れれば、LacIをつくらせて黒を出すことができます。


だから、暗いところにいる大腸菌が出したAHLを受け取ることができ、かつ抑制するタンパク質は出ていない部分、そう光と影の境界(ぎりぎり光の側)にいる大腸菌だけは、『AHLあり(ON)』『抑制なし(not OFF)』という状態を確保でき、めでたく境界部だけが黒くなるという仕組み。


うーん、わかりにくいだろうか。
とりあえず色々できて楽しそうだなあと思って頂ければ幸せです。


2.バイオコンピューターの部品を整備する取り組み

さて、面白い研究がありますが、生物というのは非常に複雑で不安定なもの。
でも、コンピューターのように用いるには結果が安定している必要があります。


と、いった考えから回路構築の基礎となるパーツを集めてみんなで共有しようよ、という非常に素敵な取り組みが始まっています。


Registry of Standard Biological Partsという組織をMITが運営しており、合成生物学に用いる標準的な部品を収集し、管理しています。
このような取り組みが進む起爆剤になっているのが、iGEMという、合成生物学のロボコンとも呼ばれるイベント。The international Genetically Engineered Machine competitionの略称で、合成生物学の国際大会として毎年MITで行われているようです。


参加者が制作したパーツをどんどん共有してゆくため、既に3000以上のパーツが集まっているようです。パーツはBioBrickと呼ばれています。Brickとはレンガといった意味のようなので、レゴブロック感覚で生き物を組み立ててしまおうという雰囲気。


Registry of Standard Biological Partsの公式HPも楽しげな雰囲気が漂っています。カタログとか見るといろいろあって面白い。
Main Page/ - parts.igem.org


ちなみに先ほど最後に紹介した像を描く大腸菌のチームが使っている部品もほとんどがBioBrickとして登録されているようです。
基本的なリソースは共有して、アイディア勝負ができるようになればバイオ系でも楽しくスピード感のある開発ができそうですね。


3. 関連情報

日本からiGEMに参加したチームのページ

合成生物学に興味があって大学院選び中の人なども参考になるかもしれません。
こういうイベントに関わってる研究室は面白い可能性が高いし、僕も機会があったら話を聞きに行きたい。

京大チーム
http://igemkyoto.com/

千葉大チーム
http://chem.tf.chiba-u.jp/igem/

iGEM Tokyo Alliance (東工大、東大、慶応大の連合チーム)
http://www.sb.dis.titech.ac.jp/iGEM.html

大阪大チーム
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/namba/



関連した内容を扱ったブログ


id:blackshadowさんが合成生物学、iGEMなどについていくつか記事を書いてらっしゃいます。
http://blackshadow.seesaa.net/article/46400608.html
http://blackshadow.seesaa.net/article/109728489.html


id:Hashさんが合成生物学、システムズバイオロジーなど最新のテーマに言及した記事を書いてらっしゃいます。
http://d.hatena.ne.jp/Hash/20080513/1210693115


特に面白く読ませてもらったものをピックアップしました。
いずれも素晴らしく、この記事よりも広い視野から書かれているので全体感をつかみたい方にお勧めです。



僕は広く語るための知識が足りないので、読んだ論文をかいつまんで説明するにとどめさせて頂きました。


冗長になったけどちょっとでも楽しめた人がいたら嬉しいっす。では。

*1:残念ながらOpenAccessではない

*2:大腸菌は1細胞=1個体なので、一つの細胞を制御すればいいわけですが、植物のように大きなものになると細胞単位から『組織』『器官』といった上位の概念も含まれるのでそれを制御するのはとても難しい。

*3:前の光る大腸菌の例で出てきたGFPなどもよさげに見えますが、光らせるのに強いUVライトを当てたりしなければならなかったりするので、それなりのコストがかかります。

*4:光などの条件でかなり結果が変わるようなので、野外で使えるレベルからはまだ遠そうな印象を受けました。まあ遺伝子組み換えなので性能以外の問題もありますが。

*5:専攻からかなり遠いテーマでしたが何とかOKでした;