感覚の拡張

20日のエコ隊では、NewScientistという科学雑誌の記事を取り上げた。
面白くて議論も盛り上がったので、簡単にまとめと考察を書いてみる。


記事の原文:http://www.newscientist.com/article/mg20727731.500-sensory-hijack-rewiring-brains-to-see-with-sound.html
(ある程度時間がたつと読めなくなってしまうらしい。読めなかった人はすみません。)


タイトルはSensory hijack(感覚のハイジャック)
五感の一部をハイジャックして別の感覚として活用しちゃう話。


具体的には聴覚をハイジャックして視覚にしてしまおうという試みについて(タイトルのrewiring brains to see with sound)。
オランダの物理学者・兼・発明家の Peter Meijerが開発したvOICe (ボイス) という装置は外部の映像を音に変換することができる。

その原理についてまとめた段落を抜粋する。

Every second the camera scans a scene from left to right.
Software then converts the images into soundscapes transmitted to the headphones at a rate of roughly one per second.
Visual information from objects to the wearer's left and right are fed into the left and right ear respectively.
Bright objects are louder, and frequency denotes whether an object is high up or low down in the visual field.



(簡単に訳したもの)


・毎秒カメラが映像を左から右にスキャン。
・ソフトはその画像を音の風景に変換し、およそ1秒に1回ヘッドホンに転送する。
・左側の映像は左耳に、右側の映像は右耳に伝えられる。
・明るいオブジェクトはより大きい音で伝わり、位置の高い・低いは周波数の高い・低いで表される


これだけ?という感じだが、訓練次第で変換された音を映像に変換することができるようになるらしい。
vOICeを使う訓練を10年続けた人のコメントでは、「古い映画のような映像」が見えるようになるとのことで、かなりすごい。


訓練次第で、タイトルにある "rewiring brains" が完成するわけで、人間の感覚の柔軟性とか発展性のようなものは偉大だなあと思った。




当日は時間的に読めなかったけど、後半では脳科学の分野でvOICeが注目されてる、という話が書いてあり、それも面白い。


まず、神経科学者のAmir Amediが2002年に発見した the lateral occipital tactile-visual (LOtv) regionという脳の領域について。


この領域は後頭皮質 (occipital cortex) 上にあり、触覚と視覚情報のどちらに対しても活性化される。
実験の結果、vOICeを使い慣れた人は、初心者と違い、vOICeの合成した音の風景 (sound scape) を聞くとLOtv領域が活性化されることが分かった。


また、LOtv領域の働きを阻害するような電磁刺激 (rTMSというらしい。詳しいことはよくわかない) を与えるとvOICe使用者は映像を描けなくなるという結果も出たらしい。


つまり、LOtv領域は、視覚を使おうが、vOICeからの音と聴覚を使おうが、映像を脳に描く(見る)際に活性化される領域だと考えられる。
『見る』とは何かの本質に迫る話で、非常に興味深いと思った。




終盤の段落ではsynaesthesia (共感覚) について書かれている。
実験の結果、vOICeを10−15時間くらい訓練しただけの人でもLOtv領域の活性化が起きたらしく、


Amediは
"The brain is doing a quick transition and using connections that are already there,"
(脳が素早い変換を行い、既存の回路との接続を行った)
とコメントしてる。


こういった現象から、実はふだんから耳からの情報が映像を変化させるってことは起きてるんじゃないか、という推測が出来るという話も書いてある。


一つの感覚が別の感覚を自動的に刺激することを『共感覚』と呼ぶそうで、"R"という文字が赤色に見えるとか、特定の音が形や色を感じさせたりすることがあるらしい。
そして、共感覚の現象が見られるのは幼児期に多く、大人では稀らしい。

ってことは、我々の感覚器の役割は最初は少し曖昧で、成長に従って回路編成が整い、眼で見て、耳で感じて・・というのがはっきりするのかもしれない。


これは個人差について考える上でもすごく重要な話だと思う。
頭の固い人と柔らかい人の差は回路の再構築を継続してないかしてるか、の差だとか
優れた音楽家は聴覚を別の感覚器で強化してるのかもしれないとか、
五感という分け方自体、便宜的なもので、『神経系』とでもまとめた方がいいのかなとか
脳は老化しないとか言うけど、意外に感覚器も大人になってから鍛えられるのかなとか・・・
いろいろ考えられる。


全体を通して人間のつくりの柔軟性はすごいなあと思った。
ちょっとテーマが違うけど、「その人がもつ遺伝子」とか先天的なものの影響は後天的な訓練でどうとでもなることも多いのかなと思う。*1


DNA配列で全て分かるとか思ってる人は、トマトでも育てて生物の柔軟性に触れるといいんじゃないかな。




最後に紹介されている神経科学者Pascual-Leoneの言葉の中に、


The capacity to recover function could be much greater than realised.


(身体の)機能を回復する能力は既知のものよりずっと大きいかもしれない。


という文章がある。


人間の機能の拡張、という話を考えるとどうしても軍用の話が浮かんでしまうけど、希望につながることを期待している。

*1:1つの遺伝子が原因で生じる病気とかは話が別だけど。