暗黙知の分解と実践

暗黙知」という言葉を知ったのは、たしか生物の研究をしてた大学院時代だと思う。


文章として明確に定義されていない知、対語は「形式知」。


生物学だと、例えば「花が咲く」という現象に含まれる原理でよく分かってない部分(暗黙知)を翻訳し、「このホルモンがここに作用したら花が咲きます」みたいな形式知に落とし込む作業が研究、という感じで理解してた。


メーカーに就職してからは、『職人技』と言われるような暗黙知が身近になった。
教科書的な知識も必要とされるものの、経験則やケースバイケースのノウハウが複雑にからみ合っていて、簡単には公式化できない知識や技術。
画一化のイメージが強い工業の現場も実際はそれらが満ちており、どのような暗黙知を保有してるか、が企業の個性や強みに結びついている。


そんなことをつらつらと考えるきっかけになったのがこの本。

ちえづくり 新しいインクスの革新手法

ちえづくり 新しいインクスの革新手法


株式会社インクスが、「人の知恵」、すなわち「人が新たな価値を創る能力」を中心に据えた変革の方法について書いた本である。
インクスは、開発工程の標準化やITによる自動化、すなわち効率化で成果を上げた会社として有名だが、本書では以下のように過去の仕事への自省も含めた記述がある。

p30(1章)
あまりにも効率重視で定型化しすぎることは、人の自律的な思考を妨げ、その後の発展の芽を潰すことにつながる。
特に、定型化した結果を設計の道具であるITシステムに実装し、ブラックボックス化してしまうことは良くない。
結果を導く道筋が見えないのでは人が考えること、気づくこと、閃くことを奪ってしまう。


2章以降では、単なる効率化ではなく『新たな価値の創造』をし続けるような変革をもたらす方法について書かれている。



詳細は本書に譲るが、効率良く暗黙知を身につけるには、それらを分解し、形式知に落とし込む段階と、それをトレースしながら実践して身につける段階があるらしい。


分解する段階では、プロの持つ知識や経験、判断に至る考え方を整理し、まとめていく。人によって経験も違うし、判断も異なる。
それらを注意深く観察し、まとめてゆく作業は時間がかかるし、集中力が必要だ。


実践する段階はフィジカルなトレーニングと同じで、ひたすら実行しては改善しなくてはならない。
また、ある程度実践した後にはまた分解する段階に戻り、分解の精度を上げないといけない。


どれも、時間がかかる。


話を研究に戻すと、上記の「分解」が観察や過去の論文の情報収集で、「トレース・実行」が実験に近いのかなと思った。
ひたすらデータを取ってしまったり、論文読んでばっかりになったり、という状況には陥りがちだけど、行ったり来たりを丁寧に繰り返さないとうまくないようだ。


表面的な効率を求めるのでもなく、「ただひたすらがんばる」でもなく、身につけたい能力を地道に翻訳し、実行して、結果に結びつけていきたいなと思う。